最高裁判所大法廷 昭和23年(つ)20号 判決 1950年4月07日
主文
本件各特別抗告を棄却する。
理由
本件特別抗告の理由は末尾添附の再抗告状記載のとおりである。
抗告人等に対する食糧緊急措置令並びに物価統制令違反及び漁業法違反被告事件記録によれば右被告事件の松山地方裁判所八幡浜支部(判事植村定一による単独制裁判所)における、昭和二三年二月二日、三日、四日及び同月一六日の公判期日に対する各公判調書の作成が何れも遅延しており殊に右二月一六日の公判調書が被告人等の忌避申立をした同年五月七日には未だ作成されていなかったことは所論のとおりである。しかし、憲法三七条一項にいわゆる「公平な裁判所の裁判」とは偏頗や不公平のおそれのない組織と構成をもつ裁判所による裁判を意味するものであることは当裁判所の判例とするところである。(昭和二二年(れ)第四八号同二三年五月二六日大法廷判決、判例集二巻五号五一一頁、昭和二二年(れ)第一七一号、同二三年五月五日大法廷判決、判例集二巻五号四四七頁等)。成る程公判調書の作成がなければ公判手続の履践を証明し得ないことは所論のとおりであるが、裁判所の組織構成において公平を害する虞のないものであれば公判調書の作成がないとの一事でその裁判所が公平な裁判所でないとはいえない。又公判調書の作成が裁判事務の都合により遅れたとしても公判調書が作成された暁には「公判手続の履践の真実」が明らかにされるのであるから本件において単に、調書の作成がおくれたというだけでは又は調書の作成ができてないのに審理を進めたということだけでは偏頗のおそれのあるものということはできない。調書が作成されていないため後に訊問する証人の訊問に差し支えるというが、本件被告事件で証人訊問の行われたのは、昭和二三年二月一六日の所論第一二回公判期日迄が主であって、そのうち、第八回公判期日以前の公判には植村判事は関与しておらず本件忌避申立において問題にされていないのであって第九回乃至第一一回の三回の公判は、同年二月二日、三日、四日と三日間に亘り連日行われたものであり、第一二回は、同月一六日であって同日は証人大本数太郎及び同山本島三の二名を訊問しているけれども、前回とは大して日数が経っているわけでもない。又同日以後は証人青木重臣の不出頭のため公判期日は何れも変更されていて証人調は行われず同年五月五日の第一五回公判期日に証人横田卓一の訊問が行われただけである。以上の如く、本件では証人は公判調書作成の有無に拘らず忌避申立ある迄は何等調書が作成されていないから証人訊問に差し支えるとの異議の申し出がなされたこともなく、次々に証人の申請がなされ、裁判所亦適当な証人申請は之を採用して証人訊問が行われて来ていてこれ迄かかる異議を述べたことは抗告人も主張しないところである。又証人青木重臣の訊問は、所論公判調書が作成されていたか否かに拘らず同証人の不出頭のため未だ行われていないのである。してみれば所論植村判事は抗告人や弁護人に対し所論公判調書の作成がないのに、証人訊問を余義なくする措置を採ったということはないのであって、何等偏頗の虞あるものではない。又抗告人等は公判調書に、証人の証言の一部が記載されずに或は、証言が歪曲されて記載されている、と主張し又証人申請の理由が記載されていないと主張する。しかし公判調書は、供述者の供述を速記するものではなくその要旨を記載するものであるから証人の証言を一字一句余すところなく記載する必要はなく、又、供述者の用いた言葉とおりに記載することを要するものでもない。供述者のその事件に関連性のある供述をその趣旨を誤ることなく記載すれば足りるのである。又証人高橋順一郎の証言が所論のように歪曲して記載されたとの事実は抗告人提出の全証拠によってもこれを認め得られないのみならず、公判調書は裁判所書記官が作成するもので、裁判所書記官は、証人等の口述の書取その他書類の作成又は変更に関して裁判官の命令を受けても裁判所書記官において、もし其の作成又は変更を正当でないと認めるときは自己の意見を書き添えることができるものであることは裁判所法六〇条五項の規定するところである。即ち裁判所書記官はその良心に従い自ら正しいと認めるところに従い口述の書取その他書類の作成をするものであって、調書の内容に対しては、裁判所書記官がその責任を負うものである。そして本件において裁判所書記官が裁判官から、口述の書取その他書類の作成又は変更に関し命令を受けた事実は認められない。又、証人申請の理由の如きは一々詳細に調書に記載するを要する事項ではないばかりでなく、本件昭和二三年二月三日の公判調書には、証人毛利兵一郎の申請理由として「被告人兼被告人会社代表者青木繁吉は本日証人として訊問したる大石宮松、魚本文一の証言中真実に非ざる点あるを以って、右事実を明確ならしむるため本日在廷せる毛利兵一郎を証人として訊問ありたしと述べたり」と記載されていて、証人大石、魚本の証言が偽である疑があるから、そのことを明確にするため毛利証人の訊問を求めるとの被告人、弁護人の証人申請の趣旨は十分に表わされているのである。してみれば公判調書の内容を云々して係り裁判官たる植村判事に偏頗の虞ありとすることはできない。故に植村判事により構成された本件松山地方裁判所八幡浜支部が偏頗や不公平の虞ある裁判官により構成された裁判所であるとはいえない。従って、被告人等の、忌避申立を理由なきものとした原決定は抗告人等の公平な裁判所の裁判を受ける権利を害したものとはいえない。次に抗告人等は、五月五日の公判廷で証人横田卓一に対し、抗告人(被告人)青木が「証人は果して良心的に高橋や瀬戸の取調べに当ったか」と訊問したところ植村判事は、この問を制止し憲法が被告人に保障する証人訊問権を侵害したと主張するから按ずるに被告人の証人に対する正当な訊問を不当に抑制することは勿論右憲法の規定に反するものであるが、被告人のする如何なる訊問をも許さなければならないものではない。その事案の審理に必要ないか又は適切でないと認めえられる質問は裁判官において之を制止しても差支えはない。従って植村判事が被告人の所論の如き質問を制限した事実があったとしても、直ちに被告人の訊問権を不当に制限したものとはいえない。次に抗告人等は昭和二三年五月五日の公判廷において、抗告人青木が同年二月二日、三日、四日の公判調書記載内容につき意見を開陳する機会を与えられたいと申し出たところ植村判事は「公判の進行について被告人の指図は受けない」といって公判調書の増減変更を拒んだと主張する。しかし、前記被告事件の昭和二三年五月五日の公判調書(同月一七日作成)によれば、被告人青木が証人青木重臣の不出頭理由について、判事に質したところ判事は「証人青木重臣の不出頭理由は書面が出ているから被告人は弁護人を選任していることだから後に記録の閲覧謄写等により承知され度旨」告げると同被告人は、更に判事に「不出頭理由につき重大関心を持っているからこの公開法廷で不出頭理由を聞かしていただきたい」と申し述べたところ判事は「訴訟指揮は裁判所が行うものであるからこれに従わなければならない」と告げた旨記載されているだけで、同被告人が同年二月二日、三日、四日の各公判調書の内容の増減の請求をし、これについて判事と同被告人との間に所論のような応酬があったことは記載されていないし、又抗告人等の申し立てた当初の判事忌避申立理由は勿論、即時抗告理由としてもこの事実は主張されていないばかりでなく、右五月五日の公判調書を別としても、他に各事実の存在を認め得る措信するに足る証拠はない。
果して然らば植村判事には何等偏頗の虞あることなく従って同判事により構成された、松山地方裁判所八幡浜支部が組織構成において、偏頗や不公平の虞ある裁判所であったということはできない。
従って抗告人等の判事忌避申立を理由ないものとした原決定は何等憲法に違反するものではない。
よって、旧刑訴四六六条一項後段に則り、主文のとおり決定する。
以上は裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)